「私僕俺わたしゃあぼかあ」

 

はじめに

 

 僕は今年の四月二十三日で満二〇歳の誕生日を迎える。

善は、悪を犠牲にした   そんな思考の中で、僕は価値基準を失い、混迷の世界に

入り浮遊しているのである。

正義を信じて不正にたちむかった中学時代の僕と、価値基準の喪失に苦しみあえい

だ高校時代の僕と、今なおその苦しみの中で自分の生涯が決定されようとしている現

在。僕は、何のためにこの詩集を作るのか。こうして、何かを求めてやまぬ心。

それにしては、あまりに、ただの人間らしすぎる自分。

これまで、しつこくも生きてきたことと、これからもしつこく生きていくだろうこと

を思いながら、僕の内部にあるものを、感じとってもらえたならと思う。そして、こ

の詩集は、たぶん僕の良き友達に、まっさきにおくるだろうことと、詩の多くは、何

ら目的を持たぬノートへの走り書きにすぎぬことを記して、この詩集をおくる。

     昭和五十一年一月十一日

                           野田よしじ                          

 

 

十六歳

 

笑い

 

通りを見てりゃ

キンキラキンの

ジュラルミンの盾が動いている

オッホホホ

ハッハハハ

君 君笑っちゃあいけないよ

オッホホホ

ハッハハハ

君 君よしてくれよ

オッホホホ

ハッハハハ

 

 

ばあさん

 

春の昼ひなか

芝生の上で

ばあさんが

草むしりしている

背中が小さいんだ

ちょっと見たら

黄ばんだ新聞紙なんだ

着ているものが 着ているものだから

ほんというと

ばあさんだときづいたのは後のことで

風に動く新聞紙

それも歪で大きく

きたならしい新聞紙に見えたんだ

 

 

(ひと)

 

僕に恋しているかもしれない娘を見た

なんといえばいいのか

その娘の目はうつろだった

淋しく遠くを見つめていた

僕は ポプラの影で泣いてしまいそうだった

その娘は

皆と踊り続け

指の一本一本までが淋しく動いた

娘の悲しい様子

僕が あの娘の良き人として

あの娘に この心を与えたら

あの娘は

きっと 幸せに微笑むだろう

ところが

僕は

どこまでも汚れを隠せない

あの娘の悲しみが

僕の心では

バラとなって咲き

自然に絶えるまでもなく絶えていく

 

 

小さなカナリヤ

 

人で ごったがえす

デパートの前に

カナリヤが売られているじゃないか

どいつも こいつも

下に散らかったエサを

夢中になってつっつき

若いミニスカートの店員は

百円硬貨を籠の中に落し

いらだち歩き

客はしきりに

あっちがいい こっちがいいと

カナリヤの姿をおっている

その小さな籠のそばで

二羽のカナリヤが

弱りきって

立つこともできやしない

どいつも こいつも

レモン色の羽をもって輝き

あどけない目は

客の心をくすぐる

おまえらだけが

どこで食いっぱくれたのか

羽もかわいちゃって

目もとじちゃって

そのうち おまえらは死んでゆく

細い体と体をよせあって

小さく 小さく ふるえながら

そして 死ななくても

おまえらは 棄てられちまう

 

 

少年剣士

 

少年剣士一人

サリドマイドの腕は一本

かぼそき

片手上段

立派だ

よく剣道をしてござる

しかし

打ちおろす剣は

相手を追詰めてやまない

少年剣士は

勝つためにだけ

剣をふった

 

 

村はずれの犬

 

村はずれの

畑ん中で

鳥の番をする犬が一匹

おまえも淋しいんだろうなあ

おお

よしよし

なあ

そんな目で見るなよ

なあったら

もう 見ちゃあいられない

逃げようとしたら

俺の足に

からみついて

服にかみついて

手で それをはずそうとしたら

俺の手を本気でかむこともできず

気持ちだけ

俺の手を口に入れて

クゥーン クゥーン

おお泣くなよ

俺だって淋しい淋しいことがあった

 

 

たくさんいます

 

似た人はたくさんいますよ

恋人なんて

結婚なんて

誰でもいいものを

なぜ

そう

あの人だと思いこむのだ

似た人は

たくさんいますよーだ

 

 

頭のいい子僧

 

魚釣りに行くと

頭のいい子僧が

気弱な ぼくをつかまえて

バケツを持たせ

エサを探させ

自分だけが釣糸を垂れている

オレは頭に血がのぼり

やい子僧 僕にも釣らせてやれといったが

その子僧はニヤリと笑うだけ

オレは気弱なぼくに

オレの芋を借してやった

気弱なぼくは

おにいちゃん あしたも借してくれる

とオレにせがんだ

頭のいい子僧はニヤニヤしている

ああその竿をやるさ

いいから持っておいき

頭のいい子僧は

知らんぷり

オレの心はもやもやだ

 

 

 

夜半

一人 ものおもえば

水槽の水音が聞こえ

アパートの

小さな燈火が見え

ここに

死んでしまいたいのと

つぶやく娘がいるなら

僕も

いっしょに

死んでしまいたい

それが

何の意味のない死であろうと

 

 

十七歳

 

帰省日の君

 

二人道路の右と左

君は自転車に

僕の荷物をのせて

月が出たわね と喜こんだ

夕べの月は

朝方まで見えていましたと

君は言うけれど

僕は

真夜中に消えちゃったと言いはる

ただ 君と 空を見つめていたい

そのくせ

小学校まで来ると

もう帰りなよと言い

荷物を取上げて

さようならと言う

一人 十三ぽ歩き

ふりかえったら

君の後姿しか見えなかった

何ヶ月ぶりかの帰省の

紫陽花の垣根が美しかった

 

 

殿様ガエル

 

片足がヘビの口の中

石垣に

グェイ グェイ

グェー ゲー

殿様ガエルが 血みどろだ

真白い 柔らかな腹からのどへと

血がするすると

白いのどもとが ひくひくと

グェー ゲゲッ

もう一方の片足で

ヘビの顔をかきむしる

ヘビはにんまり

目を細くする

グゲイグゲイ

カエルの両足をのみこんだ

ほら やんわり

腹をのみこんだ

ゲゲイ ゲゲイ

両手で ヘビの顔を押さえつける

ヘビはねちゃと下あごをひろげて

歯もない赤い口の中に

カエルの頭をつっこんだ

白いものはポッと消えて

カエルの両手だけが

ヘビの口からはみだした

 

 

ちょっと話しがあるんでさ

 

女がパーマ屋に行って

髪を切ったのさ

かつて ふはふはさらさらの髪は

ちりちりのすっちょん

あいつも こいつも

あの女を 好きだったんだがなあ

それにしても

あの女

目まで おかしくなっちまった

きょろきょろ右を見て

左を見て 上を見て

あとは うつむいて

髪をおさえるのさ

あの女は こんなじゃなかった

じっとすまして男を見つめたもんさ

俺はえれえ女だと思っていたよ

まさか 目が きょろきょろ動きだすとは思わなかった

それにしてもよ

世の中見えているようで

見えてねえな

何が灯油不足なんだろうね

洗剤不足なんだろうね

誰も自分が盲目だなんて

思うこたあねえよ

その筋の専門家でさえ

わからなかったんだから

ところで

あの女のことだが

俺は

あの女を嫌いになったわけじゃあねえ

俺は やっぱりあの女は

えれえと思っている

ただ あの女の目が

きょろきょろと動いたことに

びっくりしただけなのさ

 

 

今宵も月

 

今宵も 月が出ておるのであります

そして

夜汽車の

汽笛が

ビルディングに

こだます頃でございます

 

ピッー

―と

 

そして 生真面目な私が

平気で

未成年者なのに

酒を飲むのであります

 

それから

酒を飲みほして

氷を噛じり

一粒

窓辺から

アスファルトに

落してみるのです

 

それは

溶けることを知らない氷なので

そこにじっとしていて

見ているのが

たいぎになるのです

 

 

ひとりぼっちの女

 

きょう

女達が

ひとりぼっちの女との別れを泣いている

きのう

ひとりぼっちの女は

女達の名を呼んでいた

「お願い中に入れてちょうだい

寒いの お願いよ」

女達は 誰も答えなかった

一人ぼっちの女は

夜の公園に帰っていった

ベンチでは

男が優しく

一人ぼっちの女を抱いてやった

それを二階から見て

女達はキィキィいいながら

じだんだふんでいる

男は

きょう

一人ぼっちの女を迎えに来た

こんな女達の所にいるんじゃない

一人ぼっちの女との別れを悲しんで

女達はハラハラ泣いている

 

 

M子よ

 

M子よ

今 僕は

泣いているのだ

M子よ

幼い時 ほうばったかきを

今は

がむしゃらに食べているのだ

 

 

青い空

 

窓の外は

青い空だった

あまりに青い空だった

私を忘れた青い空だった

いつの時代もそうだった

空は忘れている

私の苦悩を

私の汚れを

私の良心を

空は全てを忘れ

私に白紙の心を与える

いつもの時代の

あまりに青い空だ

 

 

 

女の顔を見まい

少し長くなったのだろう

やわらかな髪を後で一つに結んだ

女の白い耳たぶも

そこには女しかいない

君を女として見るのはいけない

だから君を見まい

 

 

必然

 

ばあさんに

ひじてつくわせて

わりこんでいく女を

責めちゃあいけない

友達のさそいを

せせら笑う若者を

責めちゃあいけない

それらの態度は

恥ずべきだが

彼らの

それは

当然で必然なのだ

 

 

私は私は

 

私は完全でなけねばならぬ

私は 知る人をみな幸福にせねばならぬ

私は 恋人をこの世で一番幸せにせねばならね

私はどうしてもそれを否定できない

私は純粋な若者にすぎないのだろうか

私は もはや苦しみとか悲しみしか知ることができない

私は 自分が何もできぬことがわかっている

私は 妥協できぬ

私は 偽善者であるのではない

私は真の善者でありたい

 

 

じてつ

 

のろまのばあさんに

ひじてつくわせて

わりこんでいく娘

確かに娘だが

この娘は人に愛されたことがない

誰も

この娘に

心のゆとりを与えてはやらなかった

 

美しく優雅な娘は

それなりの家庭に育つ

 

あなたに

どの娘を愛せというのだ

 

 

十八歳

 

小さな部屋

 

小さき部屋の若者は

たあいのない 自己紹介に

顔一面に笑いをのぞかせ

指導者である彼の哲学に

耳を傾けはするが

それは

私の求めていたものじゃないと

彼の自己主張に

弱い人間の集いにさえ

そうやって

他人に勝とうとする姿に

ふと 我にかえってしまう

その彼でさえ

僕は死ぬかもしれない

などと弱音をはき

その真のことばに

気まずさを覚え

たとえ 彼が死んでも

驚くことのない

自分を思っている

 

 

人よ

 

人よ

こうも弱いか

一人は淋しいか

耐えることはできぬか

 

人よ

決っして一人ではあるまい

おまえが

闘っているいじょう

おまえは一人ではあるまい

人よ

ほざくな

淋しいなどと

一人だなどと

流れた時のあとに

ほんとうの淋しさなんて

ありはしない

あるのは

酔いしれた心だけだ

 

 

車中の君

 

私は恋する情熱は失なってしまったと思う

なのに

きょうは君を見つめている

私の左隣りで

釣革につかまっている君を

私の甘い刺激を求めてやまぬ心

恥じいているのだが

しかし 君の笑顔が見たい

一目見ればいいのだ などと

やがて 君はバスを降りて

おじぎして

さようならと言ってくれた

私は いつまでも君の姿を目でおった

バスを降りてこの街を歩く

今の私の目にうつるのは

百ワット電球に照らされた

あおいみかんとバナナや梨の

小さな 山々だ

一軒 二軒三軒と

果物屋が続く

私は よしたと思った

私の胸に

暖かい家庭の憩がよみがえり

私は きっぱりと

よした と思った

 

 

私は子供

 

あなたが 私を好きだといっても

あなたは成熟した女だ 大人だ

あなたには ひたむきさがない

あなたには

女のねばさがある 甘さがある

私は 女が嫌いだ

黄色い油にまみれた大人なんて嫌いだ

あなただって

ものめずらしさに

私を食いものにしようと

そして

好きだなんて

あなたは

それに きずいて

あなたにあった人を選ばなければ

私は 子供だ

いつまでも 子供でいたい

あなたとはいっしょになりたくない

 

 

私俺わたしゃあぼかあ

 

午後八時半のテレホンのベル

思考の困乱に試行錯誤

言葉の空間の心

手の届かぬもどかしい感触

   あなたの信じていたもの

   そう思っていたものは幻

   夢うつつのうちに消えさり

   いや崩れさり

   あなたは おびえ泣く

意識あるところに

真実は 存在しがたく

意識ないところの心は漂流船

港といかりが欲しい

-おまえが どれほど世間から

あざけ笑われ

ひねくれ者精神異常者と見なされ

一人きりになろうが

おまえは それを恐れてはいけない

 

おまえは 定まらぬ心で

愛を恐れ 孤独を恐れ

何も つかまぬまま

疲れた日々は

言分けと共に過ぎ去っていく

 

おまえが 自分をつかんでいないから

おまえはおまえを解していない

おまえは不愉快な謎だ

君に与えたもの

甘い言葉とかげりと苦悩

現実は屈折し

俺という人間がまきおこす

周囲との摩擦

唐突な言葉の連発への惑い

   私 僕 俺 わたしゃあ ぼかあ おりゃあ

   はっはっはっ ははははは

   笑わせるなってんだ

   何を この野郎

人に愛を告げるには十年はやいと

いや 一生こないだろうと

責任の持てぬ言葉を吐いてはならないと

この身の振り方一つにも

定まることを知らず

ふと宿命とでもいった血を感じ

どちらに転ぶかもしれない身を思い

腹立たしくも

うずくまった世界に身を置いている

 

 

むっつり

 

僕には

何の悲しみも

ないけれど

幸せに

夢中になって

生きることが

嫌いなので

いつも

むっつりと

しています

 

 

風車

 

赤いセルロイド

白いセルロイド

くるくる

まわる風車

さみしき

ふるさと風車

軒下暗く人はない

誰が忘れた風車

 

 

あの娘

 

あの娘は目が悪いので

こんな雨の降る日には

こうもり傘をかむった私の方を

目をほそめて

かさもかむらず

のぞきこんで

私らしいのがわかったので

ちょっぴり笑って

傘をさし

バスを待っている

 

 

ばあさん

 

衣をはぎとられた

ばあさんの死体に

枯れ葉を

かぶせ

かぶせかぶせながらに

女を隠すんじゃない

体を隠すんじゃない

皺を隠すんだと

残った顔は枯れ葉もかけず

顔だけは皺の中に

生きた女の 清純さの

一かけらの きらめきの

不思議の

あいらしさがある

 

 

人間失格者

 

私はいつまでも

自分という人間の

身のふりかたに

幸せを考えるわけにはいかなかった

私はどこまでも

自分という人間を

苦しめ卑しめ

不幸にあえいでいるのだった

私は 誰にも

自分という人間を

偽り怯え

一人の世界にいるのだった

私は何を失ったというのだろうか

それは

人間失格者だ

人間本来の姿を忘れた

人間

人間失格者だ

 

 

いつ どこで 私は

何を失ったのだろうか

私はいつまでも

自分という人間の

身のふりかたに

幸せを考えるわけには

いかないのだろうか

 

 

嘘っぱちの悲しみ

 

悲しみー

僕に悲しみはない

僕は悲しみを食っちまう

涙を流し

誰からも遠ざかる

孤独とか悲しみ

失ったものも

僕が投げてくれてやったのだ

悲しみが欲しくて欲しくて

淋しい人間でありたくてありたくて

悲しみー

いつからか

僕の食いものだ

ほんとうの悲しみなんてー

僕の涙は

すぐにかわいちまう

いつまでもいつまでも

忘れてはならないのに

悲しみをー

しかたないので

一人ぼっちで淋しいと思う

悲しみは

僕の食いものだ

 

 

僕の優しさ

 

時として

人が

あなたは優しいという

僕は 人に優しくしようとするので

そうなのかもしれない

だが

心は冷いので

せいぜい気ばって

優しくしなければならないので

憂うつである

 

 

ずる休み

 

十八の子供げな

ずる休みの

午後の蒲団の中

死のうと思えば涙が出た

 

時がたてばおかしいが

そんな時があった

 

 

自棄

 

親しい人達は

せめて 私の体だけを

人並みにとどめようとする

ついに 私の心は

体から離れてしまい

でくの棒の人間ができあがった

あまり親しい人達があざけるので

自棄を起して

私の心は体に舞戻る

私は

できそこないといわれる

勝手にしゃあがれ

 

 

少女の写真

 

少女よ

写真を焼こう

おまえを忘れるため

写真は

私一人の世界にある

写真機を見つめた

おまえは

私を

はかない目で見守っている

雨が

じとじと降る日にも

おまえは

そこで

ぽつんと

私を見つめる

写真でない

おまえは何をしているのか

私は

考えることを忘れた

妙に透きとおった空間を

このさい

黄色い息で

じっとりと

塗りつぶしてしまいたい

ふと

おまえが

しかめつらをした時など

私に何を隠しているのかと

もちろん

おまえは

何も思っちゃいない

私はひとりで

そうひとりで

思い考えたあげく

意味のない

ちぎれちぎれた言葉を吐く

思考は

私の言葉を切刻むのだ

果てない思惑は

無意識の中で

飛びまわっているのだ

 

 

平等であります

 

小麦粉のように舞う雪の中にも

やはり二三は綿雪が混ざり

私のはく息が届くわけでもないけれど

すうーと降り落ちる雪の中を流れていく

 

私はひねくれた者の綿雪に

悲しい白さを見るけれど

スモッグに汚れた粉雪の一つを憎悪しても

雪は一つ一つ悲しみをたたえ消えていく

どの雪も 小さな宿命に色ずき

その姿の必然ゆえに

すべては平等だ

人も私も同じところのものを美しいとする

そこに そのものの価値は 巨大な山となる

山は醜いものを下敷にそびえ立つ

平等なんてありはしない

あるのは哀れみだ

何が醜いというのだ

 

 

好きだが

 

私はおまえが好きだが

好きなのは

おまえの親切と

おまえが女であるその体と

ちょっとかわいい唇だけだ

おまえのその

半分寝たような目と

ぺちゃぺちゃの鼻と

にきびづらは

どう考えても好きにはなれぬ

 

 

十九歳

 

今の俺

 

今の俺ときたら

仲間の人気者

ピエロ

ピエロだって

そんなんじゃない

生真面つらが できないのさ

何を そうむきに

こうしていりゃあ

何も ありゃあしない

ただ

女と遊びたいとか

映画でも見に行こうかとか

そんなことだけしか考えない

仲間とふざけあって

ふと黙っちゃって

お高くとまろうとする気持ちは

何だっていうんだい

結局 悩み考えることに

酔いしれていたのかい

決っして

そうじゃあなかったといえるのかい

 

おまえ

 

ポプラの木は

昼すぎには

風にゆれていた

半月が

雲に隠れながら

ポプラの木は静かだ

激しい思いに悩まされたおまえと

いつも明るく優しいあの娘と

僕は

あの娘を思っている

僕は苦しんでいるおまえの苦しみまで

この身におうことはできない

いつも感じていた

おまえの大なるものへのあこがれ

僕がそうであるように

受けとめる心をもたないおまえ

恋のまねごとはよして

僕はおまえを

一個の人間として

友として見つめたい

 

 

日曜日

 

小鳥の鳴く声が

中庭をせわしい

音楽隊の練習曲も

とぎれとぎれに

サックスだけが一人

ちがった曲を奏でる

何もせず

きょうは

キャンパスに

絵具を塗りつけた

今は

机に肘をついているが

結局のところ

苛立たしい

心があるだけだ

 

それと

詩を書こうという心がー

 

 

悲しい音

 

悲しいので汽笛が

ポー

無人列車が

疲れて

何と

銀河鉄道を登っていく

殺された

犬やブタ

牛や猫

例えば大学病院のモルモットとして

ワォーン ブフォブフォ

ニャーン ウォン

オンオン ブフォー

モッー モォーン

ワッワンワン

ブォーブォーアゥンアゥン

ウォーゴーウォーゴ

ヴォーヴギァー

ヴギャーオーヴォー

何かよくわからないのだけれど

彼らは 死を怯え死んでいった

なんてこたあねえ

なあんてこたあねえ

 

 

僕の心

 

僕の心などは

ダリアの茎なんかよりも

ぽきりと折れるのだ

小道の雑草でさえ

よく見れば

小さな愛くるしい花をさかせるのに

一ミリやニミリの花なのだけれども

僕は

本当の僕なんていうのは

不安に満ちて

パチンコ玉のように

せわしく あちらこちらへと

飛びまわって

ちっとも男の要領を得ない

風船のような思考は

うっかりパーンと

後悔のみである

少し いや多分に

慎重な僕と軽率な僕が入り混じって

ピエロの悲しみなのである

 

 

犬とかまきり

 

アイ

おまえの唇から

僕に向かって

好きですと

街中の恋人達のように

二人だけの秘密が持てたら

だが

僕は望むまい

失望は心を陰うつな色に塗りつぶす

アイ

いったいおまえが何だというのだ

少しもののわかるメス犬じゃないか

しかし 僕は あのかまきり

考えることもなく

空腹に鎌をなめずる

空が青いので

瘦せた歪な体が醜い

小さな虫達が

知らず近ずくのまちながら

ゆるい鎌をふりおろす

しょせん 犬とかまきり

時には 腹立たしいほど

血統ただしいおまえは

まるで賤しくない

いくらものが見えたって

かまきりはかまきり

かまきりと犬の恋なんて

そんなものあったものか

 

 

水色と石ころ

 

日の暮れた街々のてっぺんには

なぜか水色の空がはてしなく広がっていた

僕はずっと向こうの星に

きれいな娘が住んでいるかもしれないと思うと

だんだんと 小さな点になり

石ころの中の原子のような気になった

そして つつましく生きようと思った

何もかもが僕の心に生きている

僕はせせこましく飛躍することなどよして

心に感じるものだけを愛そう

なぜか 石ころさえもが愛くるしいのだ

 

 

 

頬を過ぎ去って行くもの

優しく

心を吹きぬける

風は

白いページをなびかせ

一枚 一枚が

悲しい

風は孤独な人間のなぐさみ

 

風に住む

優しい乙女の話しを聞う

 

 

おわりに

 

 いったい自分は何をしているのやら、実際あるがままの姿で言葉を吐いたというこ

とが少い。何か、物足りなさ    それどころか、不実で、心に反したもっともらしい

言葉ばかり吐いて     それにしても、異常な言葉なのだが。

 

皺と傷と分厚い皮、なぜか今日は浮いている血管、これが自分の手である   かと

いって、それほど男らしくもなく、やはり男の手だといえば確かにちょっぴり強健な

男の手である。

 

 書くことから遠ざかることを恐れている。自己の主張を求めている。自己の肯定、

肯定される。多くの人から、いや、一部でも、それに納得する価値があれば。いや、

真実を求めて。ゆるぎない真実を求めて。いつかは賞賛される真実と、自己だけでも

満足のできる真実を求めて、安らかなるうぬぼれの許しを求めて。そのために自分は、

書くという行為から遠ざかることを恐れている。

                  (ある日の日記から)  野 田 よしじ