2025.01 美しい星
昨日の宵闇の中、空を見上げると無数の光を放つ物体が、ホバリング状態で静止していた。
ヘリコプターや飛行機なら音も聞こえるはずだが、音がない。
しばらく立ち止まって眺めていたが、線香花火のように明るく光輝いている。
ひょっとしてUFOかとも思ったが、円盤のような物体ではない。
大型の線香花火のような無数の明かりが夜空に点滅しながら静止している。
通りすがりの人に「あれはなんでしょうか」と声をかけようかと思ったが、その人は私が見つめている夜空を眺めても、何でもなかったように通りすぎていく。
私は乱視もあって、お月様が3つ4つには見えるし、一つの星もいくつかに見えることはある。
でも線香花火のように、無数の輝きが何かの糸につながれているかのように立体的に見えたことはない。
不思議だなと思いながら、今日も夜空を眺めたら、やはり、昨日と同じように、無数の光が線香花火のように輝いている。
どうやら、乱視がかなり進んだということなのだろうと思うが、日常のパソコン操作には何の異常もない。
美しいものを見たのだから、それでよしとしよう。
自宅の高円寺周辺には高層ビルがないので、マンションの7階から毎日のように朝は白く冠雪した富士山を眺めている。夕陽の中に浮き上がる富士山もいい。誰もいない風の吹きつける非常階段の踊り場で、ロックグラスを片手に、酒を飲むのもいい。
自分なりの楽しみは、それなりにあるものだ。
空を眺めていると、何か、何ともいえないものがある。
時々、この宇宙には、美しい心の存在があって、その心に、ちょっと触れたような、そんな体験も何度かある。
自分の想像をこえた、美しさ、優しさ、何ものかわからない存在がある。
そういうものとの出会い、できることなら、そういうものと、親しくなりたいものだ。
今は亡き、わが師(紀野一義先生)の教えです。
いかに生きていけばよいのか、わからなくなったときのよりどころとしています。
自誓
一、 心ひろびろと、さわやかに生きん。
一、真実をもとめてひとすじに生きん。
一、おおぜいの人々の幸せのために生きん。