2019.4月   「かわいいヘビの話し」


4月23日で63歳になる。
63年間もあっという間のことだ。
これから先、何年生きるのかしれないが、またあっという間にすぎていくのだろう。
心は10代のころと少しも変っていないように思うが、2年前だか中学校と警察学校の同期会に出席して、多くの初老の顔と顔を見ると、どう考えても歳をとったなと思う。
おまけに私の身体がやけにデカイ。まわりの友が小さく見える。
なにしろ、少年時代青年時代55ロ前後だった私は、80キロ前後になっていた。
この半年少し反省して今は70キロを切っているが、あと5キロはやせようかと思う。
いずれ故郷に帰ったら、マツタケ採りに山に行かねばならない。
30才のとき、65キロだったけど久しぶりにマツタケ採りにに行くと、子供の時に毎日のように登った山がきつくてしようがなかった。
おまけに朝5時前で暗闇の山道を四つん這い状態で登っていたら、目の前にマムシがドクロをまいていた。
獣道になっていて野ネズミでも待ち構えていたのだろうか。
マムシも驚いたたろうが、私も驚いた。
幼少の頃は、ヘビの赤ちゃんをビンに入れてペットのようにして遊んだことがある。
畳の上を、くねくねと動き回る、かわいいおもちゃだった。
それを見て、近所のお姉さんが、ギャーと驚くので不思議でしようがなかった。
赤いマダラ模様もあって、マムシの子だといって近所の大人に谷川に捨てられてしまった。
マムシに噛まれると死ぬこともあるし、ずいぶん痛いのだろうと思うと、やっかいな存在である。
家の藏に住みついているアオダイショウは2メートル近くはあったが、ツバメのヒナを食べてしまうので叔父が棒で叩き殺してしまったことがある。
その死体を谷川に流したのだが、ヘビの身体が大きくて長いものだから小さな堰にひっかかって、何日も白い腹を空に向け、水の流れに揺れていた。
そのヘビにも子供がいたかもしれないし、小さな子ヘビを残して、さぞかし心残りであったかもしれない。
それどころか、ツバメのヒナを食べたのは、別のヘビではなかったかと思うのである。
確かにあのヘビの白い腹は恨めしそうだった。
ちょうど、あの頃、「ヘビ女」、「ヘビ少女」というウメズカズオの怖い漫画があって、夜道を歩くのが怖くてしようがない時代でもあった。
忍者ごっこをして、石垣をよじ登っていると、冷たいコンニャクのようなものが指先に触れた。ヘビが石垣の穴でドクロを巻いていたのだ。
石垣から飛び降りるわけにもいかず、そーと下まで降りたことを覚えている。
いやはや、ヘビにはなぜか、遊びに夢中になっているときに、出会う。
「用心しなさいよ」と教えてくれているのだろうか。
 
良寛さんがヘビを見たら、どうなんだろう。
五合庵などは、近くに川というか谷川があるので、マムシもいればヘビもそれなりに庵の中にも出入りしたかもしれない。
「あれあれ、いらっしゃいませ。こんな何もないところにようこそ」と微笑まれただろうか。
子供などいれば、わざと怖がって見せて、子供達が大笑いするのを喜んで、何度も何度も怖がったふりをして飛び跳ねたのだろうか。
 
仏陀(釈迦)の言葉を集めたスッタニパータという経典にはヘビの章があり、「ヘビが成長して脱皮するように、成長して古い皮は脱ぎ捨てよ」ということが繰り返し繰り返し説かれている。
ヘビという存在は、仏教の教えの中でも引用されることが多い。
私自身はヘビに対する思いが、変遷している。
かわいいヘビが気味悪いヘビになり、どうも好きになれないヘビが、また、この頃なつかしくもあるヘビとなっている。
それは私の勝手で、ヘビはヘビなのである。
多くのことは、その人間の勝手な思いこみで、良くもなればなれば悪くもなるのである。
ヘビを見てにっこり微笑むような人間になれたら、私も一皮むけたかもしれない。
 
 
 
 

 今は亡き、わが師(紀野一義先生)の教えです。
 いかに生きていけばよいのか、わからなくなったときのよりどころとしています。

   自誓
    一、心ひろびろと、さわやかに生きん。
    一、真理をもとめてひとすじに生きん。
    一、おおぜいの人々の幸せのために生きん。