大麦小麦二升五合(おおむぎこむぎにしょうごんごう) 2019.10
 
 
年配の方なら大麦小麦二升五合のおまじないの言葉は、どこかでお聞きになった方も多いのではないでしょうか。
正しくは、金剛般若経に出てくる言葉で「応無所住而生其心」(おおうむしょじゅにしょうごしん)といいます。
意味は「まさに住するところなくして、その心を生ぜよ」ということで、鈴木大拙博士は「どこにも根を生やさないで心を起こせ」といわれたようです。
おまじないの言葉ということで、何によく効くおまじないの言葉なのかは知りませんが、確か落語でも、このおまじないの言葉が出てきたように思うのですが、インターネットで調べてもわかりませんでした。
どうやらお婆さんが、大麦小麦二升五合(おおむぎこむぎにしょうごんごう)と、このまじないをとなえて占いをすると、非常によくあたるのだが、お坊さんから正しくは「応無所住而生其心」(おおうむしょじゅにしょうごしん)と教わって、その通りにとなえると、まったく占いがあたらなくなったという笑い話のようです。
 
こういったことは、確かにありますよね。
 
学者や知識人は、学術的に言ってそれは間違っているいないと言いますが、それは、あくまでも学問、知識の世界のことです。
 
好きだ嫌いだ、信じる信じない、真実真如等の世界は、そういった学問知識とは遠いところにあるのではないでしょうか。
 
それで大切にしてほしいのは、自分自身の感性とか心の方ということでしょうか。
 
本当に、自分が好きなものとは何でしょうか。
 
私たちの日々は、色んなしがらみにからまっています。
 
自分の心を見失っている状態から、本来の自分の心を取り戻すには、とらわれの心や執着を捨て去ってみることが大切だということではないでしょうか。
 
おそらく、そのような意識を持つことによって、新しい世界が開けてくるのではないでしょうか。
 
私が、大麦小麦二升五合「応無所住而生其心」のことに興味をもったのは、禅宗の六祖である慧能が、五祖から直接一対一で金剛般若経の講義を受け、応無所住而生其心の言葉に触れたときに悟ったということを知ってからです。
 
樵(きこり)であり文字の読み書きができない男(慧能)が、金剛般若経のお経を聞いただけで出家しようと思い、たった一人の母を捨て、出家しても僧にはなれず、臼引きの寺男のまま、一晩の講義で悟ってしまったという。
 
応無所住而生其心の言葉が、天地をひっくり返すほどの威力があったということなのです。
やはり、これは、すごい言葉なのだろう。
おまじないであろうが、大麦小麦二升五合であろうが、この言葉は心にとめておかなければならない。
 






 今は亡き、わが師(紀野一義先生)の教えです。
 いかに生きていけばよいのか、わからなくなったときのよりどころとしています。
   自誓
    一、心ひろびろと、さわやかに生きん。
    一、真理をもとめてひとすじに生きん。
    一、おおぜいの人々の幸せのために生きん。